秋の朝。
目覚ましを止めて、スマートフォンを手に取る。
天気を確認して、ニュースを読み、届いたメッセージを返す。
気がつけば、朝の時間が画面の中へ吸い込まれている。
そしてふと、
「そういえば、昨日のことを思い出せない」
「人の名前がすぐに出てこない」
「ちょっとしたことを忘れるようになった」
そんな自分に気づくことがあります。
毎日スマートフォンを使っているから、脳が衰えているのだろうか。
そんな不安から、「デジタル認知症」という言葉を目にする人もいるかもしれません。
けれど、この言葉については、少し冷静に考える必要があります。
「デジタル認知症」は正式な病名ではない
まず知っておきたいのは、「デジタル認知症」は医学的な正式病名ではないということです。
スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器を過度に使うことで、もの忘れや集中力の低下などが起こる、という意味で使われることがあります。
けれど、
スマートフォンを使っているから認知症になる
と科学的に証明されているわけではありません。
むしろ近年の研究では、デジタル技術の利用と認知機能の関係は、もっと複雑だと考えられています。
2025年に発表された大規模なメタ分析では、中高年のデジタル技術利用は、認知機能低下のリスクが低いことと関連していました。ただし、これは観察研究を中心とした結果であり、「デジタル機器を使えば認知症を防げる」と因果関係まで証明したものではありません。
つまり、デジタル機器は「脳に悪いもの」と単純に決めつけられる存在ではないのです。
「覚えなくなった」のではなく、「覚える必要がなくなった」?
では、なぜスマートフォンを使うようになってから、もの忘れが増えたように感じるのでしょう。
たとえば、電話番号。
昔は何人もの番号を覚えていたのに、今では連絡先を開けばすぐにわかります。
道順もそうです。
以前なら頭の中で地図を思い浮かべていたのに、今はナビが目的地まで案内してくれます。
予定も、買い物も、検索も、記録も、スマートフォンが代わりに覚えてくれる。
これは必ずしも「脳が衰えた」ということではありません。
私たちが、記憶や判断の一部を道具に預けるようになった、と考えることもできます。
実際、スマートフォンやタブレットは、記憶や日常生活を支える道具として役立つことも研究されています。一方で、認知機能への影響については研究の質や条件にばらつきがあり、単純な結論を出せる段階ではありません。
大切なのは、
「スマホを使うこと」そのものではなく、どのように使っているか
なのかもしれません。
便利さの中で、脳が休んでいる時間もある
スマートフォンは、私たちの生活をずいぶん楽にしてくれました。
わからないことはすぐ検索できる。
忘れそうな予定は通知してくれる。
遠くにいる人とも、すぐにつながれる。
便利さは、決して悪いものではありません。
ただ、何でも検索する習慣があると、「一度自分で思い出してみる」という時間は減ります。
すぐ答えを見る。
すぐ調べる。
すぐ誰かに聞く。
そうではなく、
「なんだったかな」
と少し考えてみる。
昨日食べた夕食を思い出してみる。
久しぶりに会った人の名前を、自分の記憶から探してみる。
道を歩きながら、いつもと違う景色に目を向けてみる。
そんな小さな「思い出す時間」も、日常の中にはあっていいのでしょう。
認知機能を守るのは、スマホを捨てることではない
認知症のリスクを考えるとき、スマートフォンだけに目を向ける必要はありません。
世界保健機関(WHO)の2026年のガイドラインでは、身体活動、血圧・血糖・コレステロールの管理、禁煙、健康的な食事、社会的なつながり、認知的な活動など、さまざまな要因を総合的に考えることが勧められています。
たとえば、スマートフォンを見る時間を少し減らした日に、
散歩をする。
誰かと話す。
本を読む。
料理をする。
自分の手で予定を書いてみる。
そんな時間に置き換えてみる。
「スマホをやめる」のではなく、スマホだけに任せない生活を少し取り戻す。
そのくらいの考え方でいいのかもしれません。
そして、もの忘れが繰り返し起こり、仕事や家事などの日常生活に支障が出ている場合は、「デジタル認知症だから」と自己判断しないことも大切です。
認知症は、さまざまな病気によって記憶や思考、日常生活に影響が生じる状態で、単なる年齢によるもの忘れとは異なります。気になる変化が続くときには、医療機関で相談することができます。
夕暮れの空に、細い月が浮かんでいます。
便利な道具に囲まれて暮らす私たちは、忘れたことばかりを気にするより、
「自分の頭で思い出す時間は、まだあるだろうか」
と、ときどき振り返ってみてもいいのかもしれません。
スマートフォンは、記憶を奪う敵ではありません。
けれど、何もかも預けなくてもいい。
画面を閉じたあとに残る、静かな時間。
そこに、思い出すこと、考えること、誰かと話すこと。
そんな、人の脳と暮らしが本来持っている豊かさが、そっと戻ってくることがあります。