ある朝、いつものように窓を開ける。
秋の光が部屋に差し込んで、見慣れた景色が目の前にある。
ところが、ふと遠くを見ると、景色が二つに重なって見える。
目をこすっても、変わらない。
「疲れているだけかな」
そう思って少し休んでも、ものが二重に見える。
さらに鏡を見ると、片方の目が内側に寄っているように感じる。
そんな突然の変化が起こることがあります。
その一つが、急性内斜視です。
急に目が内側へ向いてしまう
内斜視とは、左右の目の視線が同じ方向を向かず、片方の目が内側へ寄っている状態です。
その中でも、これまで斜視がなかった人に、比較的急に内斜視が現れるものを「急性後天共同性内斜視(AACE)」と呼ぶことがあります。
特徴の一つが、突然現れる複視です。
複視とは、一つのものが二つに見える状態。
道路標識が二重になる。
スマートフォンの文字が重なって見える。
人の顔を見ても、輪郭が二つあるように感じる。
目から入った二つの映像を脳が一つにまとめることができなくなるために起こります。急性内斜視では、遠くを見るときに複視を強く感じるケースもあります。
突然のことだからこそ、本人は驚きます。
「昨日までは普通だったのに」
その戸惑いは、決して大げさなものではありません。
スマホの見すぎが原因なの?
急性内斜視について調べると、スマートフォンやデジタル機器との関係を目にすることがあります。
実際、近年はスマートフォンなどを長時間、近い距離で見ることと急性内斜視との関連が報告されています。
特に、長時間の近業――読書や勉強、パソコン作業、スマートフォンの使用など――が続くと、目を近くに寄せる働きと、両目をまっすぐ保つ働きのバランスが崩れる可能性が考えられています。
実際に、スマートフォンを一日4時間以上、数か月にわたって使っていた若年者12人を調べた報告では、スマートフォンの使用を控えた後に内斜視の角度が小さくなったとされています。
ただし、ここは大切なところです。
「スマートフォンを使うと急性内斜視になる」と単純に言い切ることはできません。
近業との関係は研究されていますが、原因や発症の仕組みにはまだ不明な点があります。近視や遠視などの屈折状態、両目の視機能、ストレスなど、複数の要因が関係している可能性があります。
だからこそ、「スマホのせいだ」と自分だけで決めつけるのではなく、目に起きた変化をきちんと診てもらうことが大切なのです。
「疲れ目かな」で終わらせないで
急に目が寄った。
ものが二重に見える。
そんなときは、単なる目の疲れと考えて様子を見続けないほうがいい場合があります。
急性内斜視の中には、比較的心配の少ないタイプがある一方で、まれに脳や神経に関わる病気が隠れていることもあります。
実際、急性内斜視との関連が報告されている神経疾患には、脳腫瘍や小脳・脳幹の病気、頭蓋内圧の異常などがあります。
もちろん、急に内斜視になったからといって、重大な病気があるという意味ではありません。
ただ、
「急に変わった」という事実そのものが、眼科で確認する理由になる。
そう覚えておくと安心です。
特に、強い頭痛、ふらつき、手足の力が入りにくい、ろれつが回りにくいなど、ほかの神経症状を伴う場合には、早めの医療機関への相談が必要です。診察では視力や眼位、眼球運動、眼底などを確認し、必要に応じて画像検査が検討されます。
目を休ませることも、大切な一歩
診察を受けたうえで、長時間の近業が関係していると考えられる場合には、スマートフォンやパソコンを近距離で長時間見続ける習慣を見直すことも大切です。
画面との距離を近づけすぎない。
長時間続けて見ない。
ときどき遠くを見る。
自分に合った眼鏡やコンタクトレンズを使う。
そして、寝る直前まで小さな画面を見続けない。
こうしたことは、目への負担を減らす一助になります。
ただし、すでに目が内側へ寄っている、複視が続いているという場合は、「休めば治るだろう」と自己判断せず、まず眼科で状態を確認しましょう。
治療が必要な場合には、眼鏡による屈折矯正、プリズム眼鏡、場合によっては手術など、その人の状態に応じた方法が検討されます。
夕暮れの道で、遠くの街灯が二つに見える。
いつもなら一つだった光が、二つに分かれている。
そんな小さな違和感は、ときに体が送ってくれている大切な知らせです。
目は、毎日当たり前のように働いています。
見えることが普通だからこそ、見え方の変化には気づきにくい。
だからこそ、
「なんだか変だな」
と思ったときは、その感覚をなかったことにしないでください。
スマートフォンを責めることでも、目を過剰に心配することでもなく。
まず、今の目がどんな状態なのかを知る。
それが、見慣れた景色をもう一度、ひとつの輪郭で見るための、小さな一歩になるのかもしれません。