朝、目を覚ます。
カーテンの向こうには、昨日と変わらない空がある。
けれど、起き上がる前からわかってしまう。
「ああ、今日も頭が痛い」
ズキズキする日もあれば、頭をぎゅっと締めつけられるような日もある。
痛みが強くて横になりたい日もあれば、そこまでではないけれど、ずっと頭の片隅に痛みが残っている日もある。
仕事には行ける。
家事もできる。
人と話すこともできる。
だからこそ、周りからは気づかれにくい。
「また頭痛?」
そう言われるたびに、説明することにも少し疲れてしまう。
慢性頭痛とともに暮らしている人の中には、そんな日々を過ごしている人もいます。
「頭痛持ち」で終わらせない
頭痛には、さまざまな種類があります。
代表的なものに、片頭痛や緊張型頭痛があります。
片頭痛では、ズキズキする痛みだけでなく、吐き気や光・音への過敏さなどを伴うことがあります。
一方、緊張型頭痛は、頭の両側を締めつけられるような痛みが特徴の一つです。首や肩のこりを伴うこともあります。
そして、頭痛の「回数」が多くなると、慢性頭痛と呼ばれる状態になることがあります。
たとえば国際頭痛分類では、慢性片頭痛や慢性緊張型頭痛はいずれも、平均して月15日以上の頭痛が3か月を超えて続くことなど、細かな条件によって診断されます。単に「頭痛が長く続く」というだけで、すべてが同じ病気になるわけではありません。
だから、
「私は頭痛が多いだけだから」
と自己判断してしまう前に、一度その頻度や特徴を振り返ってみることが大切です。
頭痛は、身体だけの問題ではない
慢性的な頭痛があると、
「また痛くなったらどうしよう」
と、予定を立てることにも慎重になることがあります。
旅行の予定。
子どもの行事。
友人との約束。
楽しみにしていたことなのに、頭痛が起きるかもしれないと思うと、少し遠く感じてしまう。
頭痛そのものだけでなく、
「痛くなったら困る」
という不安まで抱えてしまうことがあります。
頭痛の慢性化には、睡眠障害やストレス、もともとの頭痛の日数など、さまざまな要因が関係するとされています。日本の頭痛診療ガイドラインでも、生活上の要因や共存する状態を含めて、慢性化に関わる因子が整理されています。
だから、慢性頭痛を考えるときには、
「痛みをなくすにはどうすればいいか」
だけではなく、
「痛みが増えやすい生活になっていないだろうか」
と考える視点も大切なのです。
「痛くなったら薬を飲む」だけではない治療
頭痛が起きるたびに、鎮痛薬を飲む。
それ自体は珍しいことではありません。
けれど、頭痛が頻繁になると、薬を飲む回数も増えていきます。
ここで知っておきたいのが、「薬剤の使用過多による頭痛」です。
国際頭痛分類では、もともと頭痛のある人が、特定の急性期治療薬を一定以上の頻度で、3か月を超えて使用し、頭痛が月15日以上ある場合などに、薬剤の使用過多による頭痛が検討されます。薬の種類によって使用日数の基準も異なります。
これは、
「薬を飲んではいけない」
という話ではありません。
むしろ大切なのは、自己判断で薬を増やし続けるのではなく、頭痛そのものを診てもらうことです。
頭痛の治療には、痛みが起きたときに対処する治療だけでなく、頭痛が起こる日を減らすことを目的とした予防的な治療もあります。
「痛くなったら耐える」
か、
「痛くなったら薬を飲む」
か。
その二つだけではない選択肢があることを、知っておいてほしいのです。
頭痛の日を、記録してみる
もし頭痛が繰り返しているなら、簡単な記録をつけてみるのも一つの方法です。
頭痛があった日。
痛みの強さ。
どのくらい続いたか。
吐き気や光への過敏さなど、ほかの症状があったか。
薬を飲んだか。
睡眠や食事はどうだったか。
すべてを完璧に書く必要はありません。
カレンダーに印をつけるだけでもいい。
そうすると、
「月曜日に多い気がする」
「睡眠が乱れた週に増えている」
「薬を飲む日が思ったより多い」
など、自分では気づかなかった傾向が見えてくることがあります。
それは、自分を責めるための記録ではありません。
医療機関で相談するときにも役立つ、自分の身体からの小さな手紙です。
「いつもの頭痛」にも、変化があったら
長く頭痛が続いている人ほど、
「いつものことだから」
と考えてしまいがちです。
けれど、いつもの頭痛とは明らかに違う突然の激しい頭痛や、意識の変化、手足の力が入りにくい、ろれつが回らない、視覚の異常、けいれんなどを伴う場合は、緊急の評価が必要になることがあります。
また、頭痛の頻度や強さが大きく変わったときも、「いつもの頭痛」と決めつけず、医療機関に相談することが大切です。頭痛の診断では、一次性頭痛だけでなく、ほかの病気に伴う二次性頭痛の可能性も考える必要があります。
慢性頭痛は、痛みそのものだけではありません。
痛みを抱えながら予定を立てること。
痛みが来ないことを願いながら一日を過ごすこと。
「また休んでしまった」と自分を責めてしまうこと。
そうした目に見えない負担も含めて、向き合っていくものなのだと思います。
頭痛のない一日を、当たり前だと思えない日がある。
それは、決して大げさなことではありません。
だからこそ、
「いつもの頭痛だから」
という言葉だけで終わらせず、自分の痛みを一度、丁寧に見つめてみる。
痛みの日数を数えることからでもいい。
薬を飲んだ日を振り返ることからでもいい。
そして必要なら、専門家に相談する。
頭痛と付き合うということは、痛みに慣れることではなく、
自分の毎日を、痛みだけに決めさせない方法を探していくことなのかもしれません。
窓の外が明るくなっていく。
今日という一日が、静かに始まる。
その一日を少しでも自分らしく過ごせるように。
頭痛の向こう側にある、自分の暮らしにも目を向けていたいものです。